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神戸地方裁判所 昭和54年(ヨ)260号 決定

債権者

宮賢子

右代理人弁護士

深草徹

前哲夫

債務者

ブック・ローン株式会社

右代表者代表取締役

工藤淳

右代理人弁護士

門間進

角源三

右当事者間の配転命令効力停止仮処分申請事件について、当裁判所は、申請人らに保証を立てさせないで、次のとおり決定する。

主文

債務者が昭和五四年五月二一日債権者に対してなした債務者会社大阪業務課勤務を命ずる旨の意思表示の効力を停止する。

申請費用は債務者の負担とする。

理由

一  債権者の本件申請の趣旨と理由の要旨は、別紙仮処分申請書のとおりであり、債務者の右申請の趣旨及び理由に対する答弁の要旨は、別紙答弁書及び第一準備書面に記載のとおりである。

二  当裁判所の判断の要旨は以下のとおりである。

1  債務者は、書籍の割賦販売を主たる業務とする株式会社であり、その事業所は、本社として神戸ビル他二か所、業務拠点として二〇数か所、営業拠点として一一〇数か所を日本全国に擁しているところ、債権者は、昭和四八年一二月、債務者に採用され、以来債務者会社大阪業務課和歌山業務において、顧客からの代金回収業務もしくは、それに付随する業務に従事していたが、債務者が、昭和五四年五月二一日、(疎甲第二号証により認定)債権者に対し大阪業務課勤務を命ずる旨の意思表示を行ったことは、当事者間に争いがない。

2  そこでまず、右意思表示が労働契約に違反し、無効である旨の主張について検討すると、疎明資料によれば、債権者は昭和三〇年二月六日生れの女子で、債務者に採用された当時一八才であって、当時その両親とともに冒頭の肩書住所(略)に居住していたこと、債務者の前記事業所のうちで債権者の右住所に最も近いのは前記和歌山業務であるが、同所までの通勤にはバスと電車を利用して片道約一時間を要するのであり、通勤経路からみて次いで近いと思われる大阪事業所に通勤するには、バスと電車を利用して片道二時間三〇分を要することになること、債権者が債務者に就職するきっかけとなった新聞掲載の募集広告には勤務場所が和歌山市とされていた(この点は当事者間に争いがない)もので、債権者は右の勤務地の点を重視して応募したものであることが一応認められる。

ところで、勤務の場所は、被雇用者である債権者にとってその当時及び将来の生活上きわめて重要な意義を有するものであることはいうまでもないから、この点と前記の各認定事実を綜合すると、とくに勤務場所に関して明示的に限定する旨の合意がなされたことの疎明資料のない本件においても、本件当事者間の労働契約においては、債権者の勤務場所を和歌山市とする旨の暗黙の合意がなされていたものと推認するのが相当である。

なお、債務者の就業規則(疎乙第一号証)には、異動に関し、「会社は業務の必要により社員に異動(転勤、配置転換)を命じることがある。この場合正当な理由なくこれを拒否してはならない。」旨の規定(第八条)があるが、この様な就業規則の規定が存在することだけから、直ちに前記の勤務場所についての合意の存在を当然否定しうるものと解すべきでない。しかし、右規定の存在を考慮して本件契約内容をさらに検討すると、前記の契約上の勤務場所の変更は、原則として債権者の同意がない限り債務者が一方的になし得ないものであるが、契約後の事情変更等により、債務者側の業務の都合上その勤務場所の変更をしないことが著しく不相当であり、他方、債権者が右変更に応じても特に不利益を生じないような事情が生じているなど特段の事情があるときには、勤務場所について債務者の一方的変更権を留保したものと解するのが相当である。

そこで、債権者の同意のない本件において、債務者が一方的に配転をなしうべき右の特段の事情があるか否かの点について検討すると、疎明によれば、債権者の入社以来、和歌山業務は、調査係である訴外川崎睦男、督促員である訴外篠田時雄及び債権者の三名で構成されていたが、それぞれの職務内容は、督促員は代金未払の購入者に対する直接面談による督促、集金、調査係は督促員による代金回収が不能な購入者に対する法的手続や商品回収等で、債権者は右調査係及び督促員の事務補助となっていたが、昭和五三年一〇月一〇日右川崎が退職し(この点は当事者間に争いがない)た後は、その後任の調査係は配置されず、同係において担当すべきその後の事務は大阪業務課で処理されていること、右川崎の退職後和歌山業務の事務量はかなり減少していることが認められるが、本件疎明資料によって認められる事務量の減少の程度、和歌山業務と同じ場所にある同営業所は存続していること及びその販売量の変動に伴い、右業務課の事務量の増加の可能性もあること等を考慮すると、現時点で和歌山業務を廃止することないしはこれに伴い債権者を大阪業務課に配転することが、債務者の企業の合理的運営上不可避の事態となっているものといえるか疑問があるし、また、疎乙第一一号証(報告書)には、債権者が現在和歌山市内に居住していることをうかがわせる記載があるが、他方同第一〇号証(住民票)では、債権者は昭和五三年一一月一八日に転出先の和歌山市内から冒頭記載の肩書住所地に転入していることが認められるから、この点を考慮すると乙第一一号証のみでは先の記載事実を認めがたいのであって、他に債権者が本件配転に応じても特に不利益を生じない事情が生じていることについての疎明はない。

そうすると、債権者の同意のない本件配転について、債務者が一方的に右配転をなしうべき特段の事情の存在について疎明がないものといわなければならないから、債権者の勤務場所の変更を命じた本件意思表示は、債権者のその余の主張について判断するまでもなく、無効であるといわざるを得ない。

そして、本件の争いについて本案判決が確定するまで、右意思表示にもとづき大阪業務課に勤務させるとすると、債権者に回復し難い損害を生ずることは明白である。

よって、本件仮処分申請は理由があるから、債務者の債権者に対する本件配転命令の効力を停止することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大石貢二)

仮処分申請書

申請の趣旨

債務者が昭和五四年五月二一日なした債権者に対する債務者会社大阪業務課勤務を命ずる意思表示の効力を停止する。

申請費用は債務者の負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由

一 当事者

債務者は、昭和四〇年六月設立された書籍の割賦販売を主たる業務とする株式会社であり、資本金は二億一六〇〇万円、事業所は本社として神戸ビル、兵庫ビル、三宮ビルの三ケ所、全国に業務拠点として二〇数ケ所、営業拠点として一一〇数ケ所を擁している。

債権者は、当年満二四才の女子で、昭和四八年一二月、債務者会社和歌山業務課要員として採用され、以来同業務課において顧客からの代金回収業務もしくはそれに付随する業務に従事してきた。

二 本件配転命令

債務者は、債権者に対し、昭和五四年五月二一日、大阪業務課勤務を命ずる意思表示を行った。

三 本件配転命令は無効

1 労働契約違反

債権者と債務者との労働契約にあっては勤務地を和歌山市とする場所的限定がなされていた。即ち、債務者としては、和歌山営業所内に新規に開設する和歌山業務課要員として募集したものである一方、債権者としても、有田市内に居住する女性として特に勤務地が和歌山市であることを重視して応募したものであること、採用面接は和歌山営業所で行われたこと、新聞掲載の募集広告においても勤務地が和歌山市とされていたことなどから、当然に債権者と債務者との労働契約では、勤務場所を和歌山市内とする限定的合意がなされているものと解すべきである。

従って、本件配転命令は、右労働契約に違反するものであり、無効である。

2 不当労働行為

債権者は、ブック・ローン労働組合の組合員であるところ、昭和五三年九月三〇日、上司である大阪業務課中井課長補佐により、和歌山営業所近くの喫茶店において約三時間にわたり、「今の組合はおかしい」などと脱退を勧められた。債権者は同課長補佐の執拗な説得のため、同人の用意した封筒、便箋、郵便料金により、同人の指示するとおりの書式に従い、同日書留郵便で組合執行委員長宛で脱退届を出した。

しかしながら、債権者は昭和五四年一月二七日付で、右脱退届を取消し、組合に復帰した。

債務者会社はブック・ローン労働組合の切り崩しを策し、組合員の脱退工作を系統的に行ってきた。そのため、右組合の組合員は昭和五二年七月ころは約一五〇名であったのに、現在は三〇数名に激減している。債権者に対する脱退工作は、氷山の一角にすぎないことは債権者の脱退届と一緒に送られてきた件外森田美千代の同一書式、同一用箋による脱退届を見ても明らかである。

ところで、本件配転命令は、次に述べるように事実上通勤不可能なことと右に述べた脱退工作を併せて考えると、債権者が組合に復帰したことを嫌悪し、事実上退職を余儀なくすることを企図した不当労働行為であって無効と言わなければならない。

3 本件配転命令は権利濫用もしくは信義則違反

本件配転命令の業務上の必要性について、和歌山業務課における業務量が減ったことをあげると思われるので、この点について若干ふれておくことにする。

和歌山業務課は、件外川崎睦男、委任契約による督促員及び債権者の三名で構成され、代金回収業務を担当していた。件外川崎睦男は、代金回収業務が増加し、いわゆるカードの底だまりという状態になったことを悲観して、昭和五三年一〇月一〇日付で退職した。ところが債務者はその後新規に要員を補充せず、同人の担当業務を大阪業務課に引上げてしまった。債権者は、主として、同人の補助的業務を担当していたので、業務量が減ったことは当然である。債務者が適正な人員配置を行えば、債権者の業務量も旧に復する筈であるから、債権者の業務量が一時的に減っていることをもって、本件配転命令の業務との必要性を基礎づけることはできないのである。

次に債権者の本件配転によってこうむる具体的不利益を挙げてみる。〈1〉債権者は現在通勤には片道一時間程度であるが、大阪業務課勤務になると実に片道二時間三〇分もかかることになり、とうてい通勤できないことになってしまい(特に一九時以後は有田行きのバスがなくなる)、本件配転命令は、事実上、退職を強要するきわめて不当性の強いものである。〈2〉債権者は両親と三人暮らしであり、父親はヘルニヤで静養中であり、母親も勤労婦人であるから炊事、洗濯の家事を手伝わなければならないところ、本件配転が実施されれば、家庭生活そのものが重大な打撃を受けることになる。〈3〉債権者は結婚適齢期の女性として、習いごとをしている。現在、毎週木曜日の午後五時三〇分から着物の着付を、毎週月曜日、火曜日の午後五時三〇分から編物を、それぞれ和歌山市内で習っている。ところが、本件配転が実施されるとそれすらも不可能になってしまう。

更に、会社と組合との苦情処理協定によれば、苦情処理委員会決定事項を本人に伝えることになっているが、本件配転について、苦情処理委員会に提議された結果、本件配転を認める決定はなされていない。

従って本件配転命令は権利濫用もしくは信義則違反であって無効であると言わねばならない。

答弁書

申請の趣旨に対する答弁

債権者の申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

との裁判を求める。

申請の理由に対する答弁

一、申請の理由一について

債権者主張事実のうち、債権者が債務者会社和歌山業務課要員として採用されたことは否認し、その余は認める。

二、申請の理由二について

債権者主張事実のうち、債務者が債権者に対し、大阪業務課勤務を命ずる意思表示を行ったことは認め、その余は否認する。

三、申請の理由三について

1 労働契約違反について

債権者主張事実のうち、採用面接が和歌山営業所で行われたこと、新聞掲載の募集広告において勤務地が和歌山市とされていたことは、いずれもこれを認め、債権者が、勤務地が和歌山市であることを重視して応募したことは不知、その余は全て否認する。

2 不当労働行為について

債権者主張事実のうち、債権者がブックローン労働組合の組合員であったこと、債権者が書留郵便で組合執行委員長宛脱退届を出したことは、いずれもこれを認め、債権者が昭和五四年一月二七日付で、右脱退届を取消し、組合に復帰したこと、組合員が昭和五二年七月ころは約一五〇名であったのに、現在は三〇数名に減少したことはいずれも不知、その余は全て否認する。

3 本件配転命令は権利濫用もしくは信義則違反について

債権者主張事実のうち、申請外川崎睦男が昭和五三年一〇月一〇日付で退職したこと、債務者は、その後新規に要員を補充せず、右川崎の担当業務を大阪業務課に引上げたこと、債権者は主として右川崎の補助的業務を担当していたので業務量が減ったこと、債権者は和歌山業務勤務であれば、通勤には片道一時間程度であり、大阪業務課勤務になると片道二時間三〇分かかること、債務者と組合との苦情処理協定によれば、苦情処理委員会決定事項を本人に伝えることになっていること、本件配転について、苦情処理委員会に提議された結果、本件配転を認める決定はなされていないことは、いずれもこれを認め、一九時以後は有田行きのバスがなくなること、債権者の家庭状況、債権者の習いごとの状況は、いずれも不知、その余は全て否認する。

第一準備書面

一、労働契約の内容について。

(一) 昭和四八年一二月、債務者は債権者を採用し、大阪業務課和歌山業務に勤務せしめた。大阪業務課和歌山業務の具体的業務内容は、和歌山県全域における、書籍割賦販売代金回収業務である。右和歌山業務は、債権者入社時である昭和四八年一二月から、申請外川崎睦男が退職した昭和五三年一〇月にいたるまで、調査係一名(右川崎睦男)、督促員一名(申請外篠田時雄)および債権者の三名のみで構成される小規模の業務であり、従って、課長ないし業務主任も配置されず、大阪業務課の和歌山駐在的組織にしかすぎず、会社組織上、大阪業務課の所管であり、債権者主張の如く、和歌山業務課という課は存在しない(疎乙第二号証)。

右督促員の具体的職務内容は、債務者からの文書による請求のみでは支払わない代金未払者に対する、直接面談による督促集金であり、又、右調査係のそれは、督促員によるも代金回収が不可能な購入者に対する法的手続、商品回収等である。

債権者は入社以来、右調査、督促の事務補助者として勤務してきた(疎乙第三号証)。

(二) 債権者・債務者間の労働契約においては、勤務地を和歌山市とする場所的限定は、何らなされておらず、勤務地を和歌山市とする労働契約は、全く締結されていない。

確かに、債権者の採用面接は債務者和歌山営業所で行われ、新聞掲載の募集広告においては、勤務地は和歌山市とされていたが、債権者採用に際しては、債権者の勤務地は将来にわたっても和歌山市に限定するという合意は、債権者・債務者間においては、明示的にも黙示的にも全く存在しなかったのであり、ただ債権者の当初の勤務地が和歌山市とされていたにすぎないのである。

なお債務者は、従業員を採用するにあたって、職種や勤務場所を特定して労働契約を締結した事例は全くなく、債務者の就業規則(疎乙第一号証)にも異動が当然のこととして、その旨の規定がおかれており、多くの従業員がこの規定に従って異動している。

従って、債権者主張のように、仮に債権者との労働契約で勤務場所に関する限定的合意がなされていたとしたならば、債務者にとっては全く異例のことで、特別な合意が必要であるが、そうしたものは一切存在しない。

二、配転命令の合理性について。

(一) 業務上の必要性。

昭和五三年一〇月一〇日、大阪業務課和歌山業務調査係であった前記川崎睦男が退職し、債権者の職務内容は若干変更された(疎乙第四号証)が、殆んど従前通りであった。

然しながら、和歌山業務における業務量は、当時、著しく減少しており、同年四月の約四〇パーセントにまで低下していた(疎乙第五号証)。

右代金回収業務における業務量の減少は、債務者営業所において全国的に見られる現象であり、それは、代金支払方法としての自動振替の増加、督促方法、時期の適正化、現金支払の顧客の増加等に基因するのである。

従って、前記川崎が退職しても、和歌山業務としては、調査係の人員補充の必要は全く存在しないばかりか、和歌山業務を設置しておくこと自体が、企業運営上、極めて不採算な、不合理なこととなった。

そこで、債務者は、前記川崎退職と同時に、和歌山業務廃止の方針を決定したが、突如、和歌山業務を全面的に廃止すると事務処理上混乱が生じるおそれもあり、更に、業務量減少状況について今後一層検討し、且つ債権者の処遇について熟慮するため、直ちに廃止することは避け、暫定措置として、和歌山業務における調査事務は大阪業務課で処理せしめ、督促業務のみ和歌山業務で処理せしめていたのであるが、昭和五四年五月に到り、和歌山業務全面廃止が可能となったので、債務者は、同年五月一一日付で和歌山業務を廃止するとともに、債権者は大阪業務課に勤務する旨、同年同月四日、口頭をもって業務命令を出したものである。

従って、本件配転は、業務上の必要性に基づく、企業運営上の合理的配転に外ならない。なお債権者が、ブック・ローン労働組合の組合員であるか否かという問題と、本件配転命令とは全く関係がなく、もとより債権者より不当労働行為を云々される余地は全く存在しない。

(二) 本件配転命令に関する債務者の態度。

債務者が本件配転命令を行った後、昭和五四年五月一二日にいたり、債権者より、労働組合を通じ、苦情の申立てがあったので、債務者は苦情処理協定(疎甲第六号証)に従い、同月一六日、一七日および二一日の三回にわたり、苦情処理委員会を開いた。

その席上、債務者は、本件配転に基づく債権者転居の際の住宅手当の補助、通勤に際しての始業、終業時間の配慮(例えば九時三〇分始業、四時終業で賃金カットは行わない。)を申出たのであるが債権者側はこの申出をいずれも拒絶した(疎乙第六、七号証)。

なお右苦情処理協定は、交渉妥結にいたらなかった場合の効果については、何ら規定していない。

従って、本件配転に際し、債務者は債権者に対し充分誠意ある折衝を行ったのである。

(三) 右(一)、(二)の事実を、本件配転により生じる債権者の唯一の不利益である、通勤時間の長時間化とを比較較量すれば、債務者の行った本件配転命令が合理的配転命令であることは、極めて明白であり、債務者としては、速やかに本件申請が却下されることを望む次第である。

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